2014/05/20

【私撰名馬物語#7】タガノゲルニカ

―芝の落ちこぼれが砂に転じて連戦連勝―


内田博幸騎手の馬場読みテクニックが見事にハマったヴィクトリアマイルが終わり、今週の土曜日にはGⅢの平安Sが、日曜日にはGⅠのオークスが行われる。今日はまず平安Sの話をしよう。昨年から東海Sと平安Sの施行時期が交換され、東海SはフェブラリーSの前哨戦へ、平安Sは帝王賞のステップレースへと変貌を遂げた。"ダート1900mの平安S"というのには未だに慣れないし、筆者自身は東海Sと聞くと「もはやロートルと化していたキョウトシチーをアンカツが勝たせたダート1700mのオープン特別」としてイメージしてしまう(1999年の話)。月日が経つのは早いものである。

かつて、平安Sは「リピーターが強いレース」とよく言われていた。1994年に重賞へと格上げされてから2003年までの10年間で2頭も連覇した馬が現れたからだ。なるほど、1999年・2000年と連覇したオースミジェットは京都ダート1800mの条件で通算5勝を挙げているし、2002年・2003年と連覇したスマートボーイは重賞5勝のうち4勝をこの条件で記録している。100mほど距離が延長された今の条件ではこの格言が当てはまるのかは分からないが、"京都巧者の激走"には依然注意を払った方がいいかも知れない。

しかし、今回ご紹介する2006年の平安Sの勝ち馬であるタガノゲルニカは、それらの定石には当てはまらない馬であった。なんと、京都のダートで勝ち星を挙げているどころか出走経験すら無かったという異色の馬なのだ。私が調べた限り、京都のダート戦に出走経験が無い身で同重賞を勝った馬はタガノゲルニカを含めて4頭いるが、トーヨーリファールが勝った1994年は阪神で開催されたのでちょっと事情が違うとすると、1997年に同着優勝を遂げたトーヨーシアトルとシンコウウインディの2頭、そしてタガノゲルニカだけになる。重賞昇格から20年の歴史で3頭だけとはかなりのレアケースだ。その上、タガノゲルニカは平安Sを勝った後京都のレースに出走すらしなかったのである。そんなある意味もったいない馬と言えるかも知れない彼の馬生を、本稿で簡単に振り返ってみたいと思う。

タガノゲルニカの父は往年の名種牡馬・ブライアンズタイム。母はアイルランド産馬のブロードマラである。ブロードマラはハイペリオン系のサッチングの仔で、現役時代にはアイルランドのGⅢのキラヴァレンSを勝った実績がある馬だ。タガノゲルニカの能力について血統面からアプローチを掛けるとすれば、"硬質のパワーに溢れる中距離馬"ということになると思う。もし、出生時期が1990年代前半であれば同馬は芝馬に出ていたかも知れないが、ブライアンズタイムの種牡馬としての活力に陰りが見え始めた時期の産駒と言うこともあり、タガノゲルニカはダート馬として日本競馬の歴史に名を残すことになったのであろう。

2002年に浦河の谷川牧場で生を享け、すくすくと成長したタガノゲルニカは栗東の池添兼雄厩舎に所属し、やがて3歳(新馬齢表記)となった2005年4月の3歳未勝利戦で遅いデビューを迎えた。これには6月3日というやや遅めの誕生日が影響したのかも知れない。デビュー戦は阪神芝2000mという条件で池添師の実子である池添謙一騎手が乗ったが、勝負所で置いて行かれたことが災いし直線で差を詰めたものの3着に終わった。出たとこ勝ちは出来なかったものの経験馬相手に健闘し、これで未勝利戦を勝ち上がる目途が立ったと思われたのだが、以後芝中距離を使われて5連敗を喫してしまった。先行してみても後方からマクってみても一向に結果が出ない。この惨状に池添師は芝からダートへと矛先を変えることとなった。

2005年9月の札幌の3歳未勝利戦。条件はダート1700mであった。初ダートで3番人気の支持を受けていたタガノゲルニカは、道中2番手からの積極策で2着馬に4馬身の差をつけ完勝。通算7戦目での初勝利を池添謙一騎手とのコンビで挙げたのであった。勝ちタイムの1分46秒4は同日の3歳以上500万下条件戦2鞍よりも早いタイムで、昇級後即通用するだけの内容だった。芝からダートへの転向、語弊はあるだろうが言わば「落ちこぼれの反抗」が、このレースからいよいよ始まった。

ソエでの2ヶ月半の休養を挟んで出走した沓掛特別(中京ダート1700m)を1番人気で制し2連勝。続いて昇級戦の高砂特別(阪神ダート1800m)を2着に5馬身差をつけて3連勝。騎乗した吉田豊騎手は「強いです。底を見せていないし、まだまだ走ると思います」と期待を語った。そしてその期待に応えるかのように年明けには準オープンのアレキサンドライトS(中山ダート1800m)を先行策から押し切り破竹の4連勝でオープン入りを果たした。ダートの条件戦を連勝する馬はたまにいるが、4連勝の舞台が全て別の競馬場というのはなかなか珍しい。勢いに乗った陣営がオープン緒戦に選んだのは、フェブラリーSの前哨戦である平安Sであった。前述の通り初めての淀の砂となったが、タガノゲルニカの勢いに陰りはまだ見えなかった。

とは言え、不安な点が無かったわけではもちろん無い。中1週で挑んだ平安Sでの単勝人気は5番人気と、ファンも半信半疑と言った感じだったのだ。1番人気には前年の同重賞の覇者であるヒシアトラスが支持され、2番人気には後のGⅠ9勝馬で前走の浦和記念を完勝したヴァーミリアンが推されていた。その他にも新鋭や古豪が揃い好メンバーとなったこの年の平安Sにおいて5番人気というのは、1分53秒フラットまでしか千八の持ちタイムが無い馬にしてはむしろ評価が高かったと言えるのかも知れない。ともかく、フェブラリーSへとコマを進めるためにはこの1戦を勝つ必要があった。鞍上の座には沓掛特別以来に池添騎手が迎えられ、親子鷹の重賞挑戦となった。

関東馬のマイネルボウノットがマイペースの逃げを打ち、1枠2番のタガノゲルニカは2番手からレースを進めた。その後ろに位置していた人気馬たちを尻目に直線で抜け出したタガノゲルニカは4連勝の勢いそのままに力強く伸び、ゴール前でヴァーミリアンにアタマ差まで詰め寄られたがなんとか押し切った。池添騎手は「5連勝なんて簡単には出来ないし、本当に強い馬ですね」と喜びを語った。これでダート5戦5勝となり、重賞馬として堂々と本番のフェブラリーSへと向かったのであった。この時点でまだ4歳だったタガノゲルニカの前には、限りの無い可能性が広がっているかのように見えた。

2006年2月19日のフェブラリーSに、タガノゲルニカは無事出走することが出来た。前走は2着のヴァーミリアンと2kgの斤量差があり、その上ヴァーミリアンが道中落鉄のアクシデントに見舞われていたということも勘案され、タガノゲルニカは8番人気、ヴァーミリアンは3番人気と評価にいささか差がついていた。府中のダートコースが初めてということもマイナスイメージになったし、マイルのスピード勝負に対応できるかという点も疑問視されていた。そしてこの年のフェブラリーSは史上空前の好メンバーであった。カネヒキリ、ブルーコンコルド、ユートピア、アジュディミツオー、シーキングザダイヤ、メイショウボーラー、タイムパラドックス、サンライズバッカス、スターキングマンと砂のスターホースたちが集ったこのGⅠで、GⅢを1勝しただけのタガノゲルニカがどこまでやれるのか…後から振り返ってみれば、惨敗しても不思議は無かったメンバーだったと言えよう。そんなメンバーの中で8番手の評価を得たという事実は、当時の彼の評判の高さを雄弁に物語っている。

いきなり結果を書かせてもらえれば、人気通りの8着であった。当時の砂の絶対王者・カネヒキリが中団から一気に脚を伸ばし2着のシーキングザダイヤを3馬身ちぎるのを、後方で指を咥えて見ていることしか出来なかったのだ。同じ4歳の絶対王者との1.5秒という大きな差は、5連勝の勢いをもってしてもどうにも埋め難かった。

フェブラリー後のタガノゲルニカは体質の弱さや脚部不安から順調に使えなかった。4ヶ月の休養後に北海道シリーズに参戦し3戦したものの勝てず、今度は骨膜炎のため10ヶ月休養。2007年7月のオープン特別・マリーンS(函館ダート1700m)でようやく復帰が叶ったが、翌年川崎記念を制すフィールドルージュに半馬身届かない2着に終わり、結果としてこれが最後の輝きとなった。9月のシリウスSでシンガリの13着に敗れた後、脚部不安のため長期休養に入ったタガノゲルニカは、翌2008年の9月に登録を抹消された。栄光の地・淀へと帰還することの無いまま終焉を迎えるという、やや不完全燃焼な現役生活だった。

GⅢ1勝馬として現役を去らざるを得なかったタガノゲルニカにとって幸運だったのは、馬主の八木良司氏がオーナーブリーダーだったことだろう。2003年に新しく開設された八木氏所有の新冠タガノファームに、タガノゲルニカは種牡馬として招かれたのだ。2009年に種牡馬入りして以後、毎年2、3頭ほど種付けしている彼であるが、初年度産駒のタガノハピネスが2012年度の新馬勝ち一番乗りを果たし、翌年2月の500万下条件戦も制して重賞にも出走するなど孤軍奮闘している。タガノハピネスの母は2歳時にオープン特別を2勝した実績があるタガノラフレシアであり、オーナー肝煎りの血統馬である。同馬は牝馬なので無事に行けば引退後繁殖入りするだろうし、タガノゲルニカ・ラフレシア両馬にとっての後継馬として期待が懸かるところだ。

日本競馬において目覚ましい活躍を見せ、偉大なる足跡を残した種牡馬・ブライアンズタイム。しかし、それだけの成績を残した彼でもサイアーラインを残すのは困難であるという事実を、現代の日本競馬は示しているのである。ナリタブライアンが早逝し、マヤノトップガンやサニーブライアン、タニノギムレットといった辺りもなかなかオトコ馬の決定打を出せないなど、現状は非常に厳しい。ブライアンズタイム系が今後どうなるかは不透明であるが、タイムパラドックスのように地方競馬に活路を見出す後継種牡馬もおり、ダートに特化した系統として残っていく可能性は多少あると思われる。砂で実績を残したタガノゲルニカがこれからどのような道を歩み、どのような産駒を残すのか?彼の高い能力を活かすも殺すも、所有するオーナー次第である。願わくば、淀の平安Sに父の名代として出走し、健闘するような産駒の出現に期待したいところだが、さてどうなるか…。

タガノゲルニカ -TAGANO GUERNICA-
牡 鹿毛 2002年生
父ブライアンズタイム 母ブロードマラ 母父Thatching
競走成績:中央17戦5勝
主な勝ち鞍:平安S

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