2014/07/02

【私撰名馬物語#25】ダービーリッチ

―天才少女が福島で見た夢はつまり、想い出のあとさき―


先日の宝塚記念はウインバリアシオン推しの筆者にとってなんとも残念な結果になってしまった。馬場・展開共に向いていなかった、といった敗因はあれど、せめてもう少しカッコを付けて欲しかったが…。試行錯誤が実ったゴールドシップ陣営にはまず賛辞を贈るとして、ウインバリアシオン陣営には決してGⅠ制覇を諦めないでもらいたいし、是非ともそれを勲章にして繁殖入り後もオルフェーヴルに挑んでいただきたいと思う。

さあ、春のグランプリが終わって夏競馬だ。今週からいよいよ楽しみな福島開催がスタートする。先の大震災以降、スタンドが壊れただ、いざ除染だなんだと騒がしかった福島競馬場。あれから3年を経て、競馬に限れば周囲のざわめきも落ち着いてきた気がするので、私も先立つものの都合が付いたら一度福島競馬場へ行きたいと思っている。原発の問題はまだ収束には程遠い状況だと聞いているし、現地にお住まいの方々も心穏やかな日々を過ごせているとは言い難いのかも知れない。だが、日々の生活の片手間にでも福島競馬を楽しんでいただき、気を紛らしてもらえるようならば、これこそが娯楽としての存在意義の極みというもの。日本の競馬にはそういう存在であってもらいたいし、それが出来ないようなら主催団体は大いに奮起しなければならないだろう。"競馬のチカラ"を見せるのは今である。

夏の福島開催の名物重賞と言えば七夕賞とラジオNIKKEI賞。そして今週末には後者が行われる。長年"ラジオたんぱ賞"として親しまれてきた同重賞も、ラジオたんぱがラジオNIKKEIへと様変わりしてから間も無くレース名を変更して新装開店。相も変わらず勝った馬がイマイチ出世しないのは気になるものの、馬券的にはかなり面白いレースである。

今日取り上げるのはグレード制以後の同重賞の覇者のうち、僅か2頭しかいない牝馬の勝ち馬の1頭(ちなみにもう1頭は1992年のシンコウラブリイ)である1985年のラジオたんぱ賞馬・ダービーリッチだ。ここで「牝馬なのにダービー…?」とお思いになった読者の方もいらっしゃるかも知れないが、同馬の"ダービー"は冠名で、かつて競馬新聞社の大手であったダービーニュース社に由来しているとのこと。ちなみに、2001年のシンザン記念などを制したダービーレグノの馬主であるダービー社("競馬ダービー"という競馬新聞を発行していた会社)は全く別の系統の会社であり、関連性は無いらしい。分類するならば、ダービーリッチやダービーボンバー(テュデナムキング産駒の中央3勝馬)がダービーニュース社系で、ダービーレグノやその母のダービーキングダム、ダービーラブリネス(青函Sなど中央5勝馬)らがダービー社系になる。以上、ダービー軍団豆知識でした。

ダービーリッチは1982年生まれのシャイニングナイト産駒。そのシャイニングナイトはダービーリッチのふるさとでもある幕別のダービースタッドに繋養されていたラウンドテーブル直仔の輸入種牡馬である。しかし、現役時代はアメリカで走り24戦4勝・重賞勝ちは無しとさしたる成績を挙げた馬では無い。それでも種牡馬としてはダービーリッチを送り出した他に地方重賞馬を散発的に出しているが、特に人気になることも無く1993年に死亡した。ダービーリッチの母のハマナスダービーは現役時中央で8戦して未勝利という馬で、母の父のスパイウェルはブルリー直系の輸入種牡馬でヨーロッパでは活躍馬を出したが、本邦輸入後はこれと言った馬を出せずに終わっている。

このように恵まれた血統背景の下に生まれたわけでは決して無いダービーリッチであるが、幼駒時代から根性のある走りを見せており周囲の期待は小さくは無かったという。だが、彼女には左前脚が弱いという致命的に近い弱点があり(デビュー前に屈腱炎を発症したという情報もある)、そのためかデビューも遅れてしまい1985年3月の中山開催の牝馬限定の4歳(旧馬齢表記)新馬戦が初陣となった。デビュー戦は脚元に気を使ってかダート1800mという条件であったが、田村正光騎手を乗せラブシックブルース(牝馬東京タイムス杯勝ち)以下を一蹴し1分53秒4の好タイムで完勝している。2戦目はダートの1200mを使い、ここも1分10秒8と優秀なタイムで快勝。続く3戦目のオープン特別・菜の花賞(芝1600m)で初めて芝に見参となり、4番人気ながらも不良馬場を物ともしない走りでデビュー3連勝を飾った。

菜の花賞を勝利したことでオークスへの出走が可能となったわけだが、管理する美浦の諏訪富三調教師は迷わずオークスを回避させ、2ヶ月半置いて7月のGⅢ・ラジオたんぱ賞に照準を合わせた。これは先述したように持病の左前脚の不安により、彼女が左回りコースを走るのが困難であるという配慮からの判断であった。いずれにしても、気性が素直でスタートも上手な彼女にとって、右回り&小回りの福島競馬場で行われるラジオたんぱ賞を走ることに不安は無かった。

1985年のラジオたんぱ賞は曇天模様の下、稍重の馬場条件で行われた。1番人気・2番人気馬はそれぞれ日本ダービー6着・5着のストロングアローとダイヤモンドラーン。2頭の単勝人気は前者が1.8倍で後者が4.8倍とやや差があったが、それは2頭の脚質に由来するものであり、加えてストロングアローの鞍上が"福島の鬼"増沢末夫騎手だったことも影響していた。そんな中で全9頭中紅一点のダービーリッチは5.7倍の3番人気に支持された。3戦無敗の戦績も評価されたのだろうが、何よりダッシュ力と器用さに富んでいたことが大きいだろう。伝統の"残念ダービー"はダービー惜敗組と牝馬の新星がぶつかる図式となった。

レース序盤はスタートを決めた蛯沢誠治騎手のダービーリッチと、岡部幸雄騎手が乗るキッポウシが先頭を争った。最初のコーナーではダービーリッチがハナを切ったものの、2コーナーで強気にキッポウシが先頭を奪いダービーリッチは2番手に控える展開に。人気のストロングアローは3番手で2頭を眺め、ダイヤモンドラーンはさらに後ろからそれを追い掛けた。流れは決して遅くなく、緩急がやや感じられた。内ラチ沿いをスイスイと走ったダービーリッチは3コーナーを回ってからスパートを掛け、4コーナーで逃げるキッポウシを捕まえ先頭に立つ。ストロングアローやダイヤモンドラーンはダービーの疲れが残っているのかどうも手応えが悪い。彼らに代わって伸びて来たのが人気薄のカリスタワールドやタカノミノブである。2頭はゴール前で早仕掛けから失速するダービーリッチに迫った。だが、最後は3/4馬身差残した状態で青メンコのダービーリッチがトップでゴール板を駆け抜け、重賞初制覇を果たした。2着は内を突いたカリスタワールドが入り、クビ差の3着にタカノミノブが食い込む結果となった。人気の2頭は伸び切れず4着と6着に敗れている。

諏訪師は「馬場状態がこの馬に合っていた、ということだと思います」と控えめであったが、何はともあれ無傷の4連勝。諏訪師は「1800mまで」、蛯沢騎手は「2000mまで」と距離に対しての意見は微妙に分かれたものの、結局は秋のエリザベス女王杯(当時は4歳牝馬限定の2400m戦)を目標にし、9月のGⅢ・クイーンS(中山芝2000m)を叩くことになった。

ここまで4連勝でまだ底を見せていなかったダービーリッチ。しかし、クイーンSにはもう1頭の"無敗の天才少女”が出走していたのだ。彼女の名前はアサクサスケール。パーソロンの仔にして祖母が天皇賞馬にして有馬記念勝ちのガーネットというお嬢様だ。そして彼女の売りは血統だけでは無かった。同年4月のデビューから6月のエーデルワイスSまで3連勝。強い相手との対戦経験は無いものの、ダービーリッチと同様に底を見せておらず、更なる飛躍が期待されていた。"不肖の父"シャイニングナイトが送り出す雑草魂が売りのダービーリッチと、良血のお嬢・アサクサスケールの直接対決が実現したこのクイーンS。"才能ある者"と"凡庸なる者"の力の隔たりが、ここで残酷なほどに表れることになる。

1番人気に推されたダービーリッチが緩めのペースで逃げる展開。だが、3コーナー辺りで道中は4番手に位置していた2番人気のアサクサスケールが一気に仕掛け、レースの流れは激流となった。交わされまいと必死に踏ん張るダービーリッチ。ところが、4コーナーでアサクサスケールが無理矢理彼女を競り落とすと、そのまま独走に持ち込み最後は2着に5馬身差つける圧勝劇を演じた。片やダービーリッチは1.4秒差の8着に敗れ、レース後脚部不安を発症。次走のエリザベス女王杯で負けてなお強しの印象を残したアサクサスケールに対し、ダービーリッチは結局泥に塗れた敗者として時代の狭間へと消えていった。

脚部不安から復帰すること無く、5歳春に引退し故郷の幕別のダービースタッドへと帰って行ったダービーリッチ。5戦4勝の戦績から牧場のかまど馬となるような活躍が当然期待されたわけだが、悲しいことに僅か3頭の産駒を遺しただけで1991年の9月に死亡してしまった。さらに、3頭の産駒のうち競走馬になれたのは1988年に産んだダービースパイラル(父ロイヤルスキー)のみであり、同馬もデビューは叶わないまま繁殖入りしたものの、これといった産駒を遺せずに2003年に用途変更になっている。したがって、ダービーリッチの子孫は2014年現在は存在しない。生産牧場のダービースタッドも現存していないようだ。夏の福島で凱歌を上げ、成績的に名牝となる資格が十分にあったダービーリッチだが、死んでから23年ほどが経過した今となっては「夏草や 兵どもが 夢の跡」とただ呟かざるを得ない。そう言えば、松尾芭蕉がその句を詠んだ地も確かみちのくの一関だったね。

ダービーリッチ -DERBY RICH-
牝 黒鹿毛 1982年生 1991年死亡
父シャイニングナイト 母ハマナスダービー 母父スパイウェル
競走成績:中央5戦4勝
主な勝ち鞍:ラジオたんぱ賞

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